良寛は禅宗の僧侶で、裕福な家庭から出家して禅の印可を得たにもかかわらず、寺をもたずに自然の流れるままの生活をしたと言われています。托鉢をしてひっそりと暮らし、子供たちとお手玉や鞠つきをする・・・また書・漢詩・和歌も優れており、号は大愚。諸国を行脚の後、帰郷して国上山の五合庵などに住んでいました。友に恵まれ、子供達に慕われた人生を送っていたようです。

★良寛の里・与板町
 良寛の父「以南」の生地である与板。良寛の弟「由之」も、晩年は与板に住んでいました。良寛自身も、与板で過ごすこともしばしばで、良寛の晩年を飾る女性(およしさ・維馨尼)も与板にゆかりがありました。現在も、良寛の生き方に感銘する人は多く、与板町にある良寛・思い出の跡を訪れるかたも絶えません。
 
「良寛・心の終着駅 与板」。 人々はこう呼ぶのです。


★無類の酒好きだった良寛
 酒にまつわる、良寛のエピソ−ドです。

 「越後与板は米どころ 米のあるところに酒がある。与板は良寛の父の実家でもあり良寛ゆかりの地。
  良寛も人並みに いやむしろそれ以上に酒を大いに楽しんだ。」

「農家のおじじと野立て酒盛りと洒落たはよいが 最後には 《陶然枕畔眠》(陶然として畔を枕にして眠る)とあって あぜが枕になる始末 いやはや 中々おさかんなものである
 
 また、良寛の父「以南」の実家は酒造りをしておりましたし、その実家・新木家の酒看板を、良寛が書きました。「良寛書」にある、線の細いやさしい文字とは対照的な、太くて力強い文字です。ここからも、酒好きだった良寛の心を読み取ることが出来ます。 

★与板で咲いた「花三輪」
 良寛が晩年、与板でめぐり合った3人の女性。
 良寛はいろいろな人に、あたたかくつきあいました。つきあった人たちは誰もが胸に春のそよ風が吹く思いになったでしょう。このそよ風に吹かれた三輪の花が、与板で、それぞれに美しく咲きました。

 第一の花は “華やかに”咲いた【貞心尼〜ていしんに〜】
 第二の花は “明るく”咲いた 山田屋の【およしさ】
 第三の花は “凛と”咲いた 【維経尼〜いきょうに〜】



★良寛とホタル・お酒
 酒好きの良寛は、花三輪の一人・与板・山田屋のおよしさから「ほたる」のあだ名をもらいます。杯が進み、「ほたるさん、もう飲むのをやめたら?」というおよしさの声が聞こえてきそうです。しかし、さすがは良寛さん。

「くさむらの 蛍とならば 宵々に 黄金の水を 妹たもうてよ」

 およしさん。もし私が蛍ならば、たっぷりと黄金の水(お酒)をもってきてくださいよ。【そこで、もう一本】
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